安定的な資産形成とはどういう意味か

金融庁では「安定的な資産形成」という言葉をよく使っているが、これは具体的にはどういう意味のだろうか?幾通りにも解釈できる言葉では、伝わるものも伝わらないと思うのだが。私的な解釈というか、多分そう言いたかったのだろうと推測するが、この言葉の意味は「損をしない」投資ということだと思う。つまり、業者にこれを求めると言うことは、すなわち、「客に損をするような投資をさせるな」と言うことだと思う。まあ、こうはっきりと業者に言えば、猛反発食らうのが目に見えているが、でもこれはまさに正鵠を得ていると私は信じるし、そのためにずっと活動してきた。日本に投資が根付かないのはリテラシーの問題とかではなく、まさに多くの投資家が投資信託で損をし続けてきたからだ。米国のように普通に投資信託を買って、普通に儲かるのであれば、日本でも簡単に根付いていただろう。確かに日本の投資環境はここ数十年苦しかったが、海外に目を向ければある程度の成果が得られたはずでもある。要は、よく言えば業者の努力不足だったのではないか?その努力こそがまさに顧客本位の業務運営だろう。(令和元年9月24日)

投資信託と株式投資

投資信託は、自分で銘柄を選んで株式投資をするよりも運用会社にお任せができるという点でやりやすい。しかし、通常の株式投資のように、短期的な相場の波に乗って利益を得ようとするような投資には向いてないとも言える。それは、しくみが複雑な分どうしても時間的に遅れがちになる。とくに、ブームに乗った投資で収益を得ようとする場合には、ファンドの募集開始時点ですでに遅れている可能性が高いし、その後も機動的に投資する観点からも遅れがちとなりやすい。俊敏さが求められるような投資には向いてないと言えるだろう。だから、そもそもそういうファンドには手を出してはいけないということになる。投資信託では、資金の流出入もファンドのパフォーマンスに影響を与えるし、ある程度じっくり腰を落ち着けて投資するような手法に向いている。投資信託を短期的な売買による利益追求の手段としている人もよく見かけるが、こういう意味であまりいい方法とは言えないし、そもそも、運用会社やほかの受益者に対する迷惑行為でもある。(令和元年8月30日)

年をとったら保有するファンドのリスクを下げること?

これからの人生100年時代、保有資金の寿命をも延ばすため、運用を続けながら資金を取り崩していくことが重要となる。この点に関してよく言われるのが、高齢になるとリスク許容度が低くなるから、投資するファンドのリスク度を引き下げるべきという理屈だ。ターゲットイヤーファンドなんかの設定理由もここにあるが、これは正しい考えとは思われない。寿命が近づいてきても若年の時と同じことをしていいとは思わないが、同じリスクを下げるのでも、投資ファンドでするのは効率的と思えない。たとえば、保有資産1000万円ある人が今よりとるリスクを半分にしたいと考えたとする。この場合現状のファンドの半分のリスクのファンドに乗り換えることと、500万円だけを現状のファンドに投資して、残りの500万円は預金にすることと資産全体でのリスク度は変わらない。なんでこんなことを言うかというと、極端にリスク度を下げたファンドは相対的にコスト負担が重くなって、期待リターンを得られないことが多いと感じているからだ。あとのケースで言えば、預金の500万円にはコストがかからないのもメリットでもある。(令和元年7月25日)

さわぎのあとで

2000万円問題で、得をしたのは誰だろうか?金融庁からすれば、良きにつけ悪しきにつけ、投資の必要性について広く一石を投じることができたことは間違いない。それにたきつけられたかはともかく、投資への関心が広がってきているとの新聞記事も見られた。投資を始めるなら早いほうがいいというのは私も同意するが、ここで集まった投資家に対して業界は正しい対応ができるのだろうか?昔と同じことをしやしないかが心配でならない、金融庁的には、これまで顧客本位の業務運営など業界の基盤整備に意を尽くしてきたのだろうが、まだ受け入れ体制が整っているとは思えない。金融庁自身、行政方針等でグローバル投資を謳いながらも、つみたてNISAの適用ファンドの三割が国内投資ファンドで、そのいずれものパフォーマンスが低迷している現状も、これから20年先への不安が拭えない。改革姿勢は共感するものの、なんとなく中途半端感があるのである。そうはいっても、年金事情など、もはや猶予のない状況なのだろう。となれば、自分のことは自分で守るしかないし、人なり業者を頼る場合には、自分のために本当に尽くしてくれる相手かどうかをよく見極めることである。(令和元年6月28日) 

 

投資アドバイザーの必要性

NISAやイデコのような優遇税制があってもなお投資に踏み切れない理由は、業者に対する信頼感の欠如だと思います。でもその要因はどこにあるかと言えば、日本ではサービスに金を払わないことにあるのではないでしょうか?僕もアメリカに住んでいたときは、チップの上手な払い方に慣れませんでしたが、別に日本において、サービス代はタダになっているわけではなく、「込み」になっているだけです。つまり、チップを払わないでいいから「お得」なわけではないのです。「込み」はいろいろ気を遣わなくていいので便利ではありますが、いくらとられているのかわからないという最大の欠点があります。販売会社の窓口でいろいろ説明を受けられるというのは、当たり前ですがその対価が含まれているのです。となれば、業者にとって都合のいい商品を売りたくなるのは、ある意味当然ではありませんか?その結果、業者は投資者からの信頼をなくすという悪循環です。同じファンドを買うのに、自分で調べて買う人といろいろ教えてもらって買う人が同じコストでいいわけはありません。「サービス代を明確にすること」それが業者の責任感を醸成し、投資者の信頼につながると僕は信じています。(令和元年5月27日)

四の五の言わずにやるしかないのか

いきなりでなんですが、私は今年58才になります。私がこの後70才まで生きている確率はどれくらいあると思いますか?ほぼ90%です。この数字をどう思うかはおいといて、もはや簡単には死ねない時代といえます。女性になれば、この確率はほぼ95%にもなります。生活の仕方は人によって様々でしょうが、生きて行くには何らかのお金が必要なことは紛れもない事実で、人生が伸びている以上、働かなくなった後に収入が大きく減った場合のお金の手当てをしておかなければなりません。全く何の手当をしなくても、現在の保有資産のみでカバーできるならともかく、多くの人はある程度の資産形成をしておくことはもはや必須といえます。国が様々な優遇制度を設けているのもまさにその裏返しでしょう。そう考えると、いやでも投資していくしかありません。ただ、投資は闇雲にやってもいい結果は得られないし、自分に合ったやり方を見つけていくことが重要です。誰かの真似をすることも、必ずしも正しいとはいえません。基本は、成長するものに長期にわたって投資することです。(平成31年4月30日)

ファンドを選ぶことの難しさ

企業型DCにおいては、事業主が加入者を代表して、商品選定に深く関与していくことが必要なわけだが、実際はよくわからないので、結局、関係のある運用管理機関に丸投げしてしまうことが多く見られるのではないか?そして運用管理機関も受託者責任とか言いながらも自分に都合のいいラインナップを提供する。その結果、どうにもならない商品が並ぶ。やってみてだめなものは、他のものを追加するなり、変えなさいと言うけれども、実際そんなに簡単ではない。やっぱりはじめが肝心なのである。今の流れは、加入者が選別しやすくなるように、ファンド数を制限する方向になっているのも、善し悪しではある。事業主に商品の選定責任を負わせることが困難であるのなら、運営管理機関に負わせるしかない。例えば20年かけても元本割れしているような商品を提供したような場合にはペナルティを科すとかそれくらいしないと運営管理機関も真剣にはならないだろう。あるいはつみたてNISAの商品選定基準を少しDC向けにリバイスして適用することも一案ではないか。あともう一つは、DCによって事業主も積み立て責任を免れているのだから、しくみの維持にもう少しお金をかけたらどうですか。(平成31年3月26日)

60歳までにいくらためましょうか

ライフプランや将来設計において、「働かなくなるまでに資産形成をしましょう。そしてその目標は豊かな老後をおくるためには○○万円です。」のような論調はよく目にするが、もうそれは時代遅れである。高齢化が進み、人生百年時代などと言う言葉が平気で使われるような時代に、例えば60歳までに資産形成を終えようなどと言うのは、計算上はできるのかもしれないが、実際上は普通に考えて無理であると思う。つまり60才から100才までの40年間を資産形成の時間に充てないというのは不合理なのである。だから、いつまでにいくらためましょうではなく、資産形成をしながら一方で資産を取り崩していってどこまで生活できるか?そのために働かなくなるまでにはいくらのタネ銭が必要なのか?を考えるべきなのである。実はこういう考え方になれば、意外に必要金額は多くない。勤労世代のうちに、将来のためにあくせくして資産形成するのも悪いとは思わないが、やはりそのときそのときの生活を豊かにすることも重要だろう。まあ僕自身がどちらかというとキリギリスなので、アリさんに反発したいだけなのかもしれないが・・・(平成31年2月28日)

リスク分散は商品ではなく投資手法で

市場が不安定になってくると、リスクの低減に注目が集まる。そういう意味でバランスファンドが話題になってくる傾向は、決して悪いことではないと思うが、最近のバランスファンドの中で、国内債券の組み入れ比率を非常に高くしたり、為替ヘッジを付けて為替リスクを抑制するタイプのファンドがそうした目的に合致しているように言われるのは、少し違うような気がする。確かにリスクの値だけ見れば低くなっているのだろうが、そうしたファンドは、当然のことながら上がるときも上がらない。相場の動向に対して下がる率よりも上がる率の方が高ければまだ許せるが、そうしたファンドは逆の可能性が高い。なぜならコストがかかっている以上そうなるのだ。これだと一回下落するとかなりの期間元には戻らないことが多く、何のために投資しているのかわからない。リスク低減することは決して悪くないが、それはリスクを低減したファンドで行うのではなく、ある程度のリスクを取ったファンドを使って、長期投資や積立投資などを組み合わせることでリスク低減を図るほうが結果として有効だと個人的には感じている。(平成31年1月30日)

長期投資のメリット

長期投資のメリットとしてよく言われるのは複利効果であるが、複利効果は上がってこそあるわけで、そもそも長期に持てばというか、いつかは上がるものに投資してなければ長期に投資しても始まらない。あくまで前提は、右肩上がりになるものに投資することである。それを探すのが難しいと言えば難しいのだが、世界経済の成長がそうなのではないかと私たちは考えている。そしてもう一つの難しさは、たとえいつかは右肩上がりになるとしても、それがいつかはわからないということである。そこで力を発揮するのが長期投資という考え方なのだろうと思う。つまり、上がるまで待つことができる状態に常に置いておくことである。投資で一番つまらないのは、自分が売った後上がることだと思う。いつかは上がると信じているものに投資していて、その考えに変わりはないのなら、いくら下がっても売ってはダメである。ちょうど今、世界の株価はこの数週間で今年の高値から20%下がっているが、別に世界経済に大きな変化が起きているわけでもない。こういう時に狼狽して売るのは、損な行動だと思う。(平成30年12月26日)

クレジットカード決済で思うこと

投資の目的は、収益の獲得であり、具体的には配当金や値上がり益などである。私たちは、投資家の収益の獲得をいかに確実に実現するかに常に焦点を当ててきた。その点においていえば、投資資金をクレジットカードで支払おうが、現金で支払おうが、投資収益に違いはないはずである。一方で、投資に投資収益以外の付加価値を付ける(見つける)ことも決してないわけではなかった。たとえば、好きな会社の株式を買って楽しむというたぐいである。ひろくいえば、株主優待なんかもそのクチといえるかもしれない。極論すれば、投資収益は気にしないというスタンスで臨むことである。正直言って、投資家が勝手にそうするのは全く気にならないが、クレジットカードで購入すればポイントがもらえるというように、それをセールスポイントとして勧誘するのはなんとなく邪道のような気がしてならなかった。しかし、投資手法を限定し、投資対象も限定し、資産形成という目的を明確にしたうえで、ポイントという付加価値を付けるのは必ずしも否定すべきではないのかと感じてもいる。(平成30年11月30日) 

 

初回のNISA非課税期間の満了

早いもので、2014年から始まったNISAの非課税期間の終了が12月末にやってくる。この5年間を見てみれば2014年の初日の終値が日経平均で約16000円、NYダウは約16500ドルだったわけで、非常に良好な投資環境だったと言える。まあほとんどの投資家が収支プラスで非課税期間を終了し、非課税制度の恩恵を受けることができたのではないかと推察するのだが、セミナーなんかで、みんな儲かってよかったねなどと軽く言うと、私は損をしてますという人が何人かいて返答に困るのだが、聞いてみるとそれらの人は大概個別株投資で失敗している人たちである。NISAの開始時にこのコラムでも書いたと思うが、NISAのしくみは個別株投資には向いていない。非課税期間こそ5年だが、投資は一回きりで、やり直しがきかない仕組みだからである。上がる株式を一発で当てられるならともかく、そうでない場合には、非課税の恩恵も、非課税期間のメリットも何も受けられない。つみたてNISAで株式が投資対象から外れたのは、ある意味当たり前のことなのである。このことは投資信託が商品として投資家の信頼を得ていない現状を図らずも表した一面かもしれない。(平成30年10月31日)

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